今日の一言

  • ブログは集客のためでもなければ、誰かのために書くのでもない。
    自分が自分自身を知るために、一番身近で、一番頼りになる、この自分という人間を誰よりも理解して、自分自身と対話して、それを外に向かって表現していくということに意味がある。
    そのことが、単なる自己満足ではなく、自分がより良くなるということを通して、結果人のためになるということである。

  • 誰が読んでいなくても、誰かに言われなくても、ブログを書くことである。
    それは第一義的には自分のためである。
    自分自身を知り、自分がどこに向かうべきなのかを明確にするためである。
    それが、人に伝わってはじめて、人のためになるのである。
    ただし、これは受け手側の問題でもあるので、それはこちらではコントロールできない。
    コントロールできないことにはフォーカスしないこと。
    それを自己満足だという人には勝手に言わせておけばいい。
    まずは自分を知り、自分を表現することである。

  • 誰もが自分の生きざまでもいい。ポリシー、考え方でもいい。
    人に伝えられるであろうか。
    最初はうまく伝えられない。
    練習しないとうまく伝えられない。
    だから毎日書くのである。
    毎日書けばその意義が分かるようになる。

  • ブログはトレーニングなので、誰が見ていなくても書くことに意味がある。
    もちろん、単なる自己満足では自分が満足できないので、人に伝える、人に伝わるように書くというトレーニングでもある。
    トレーニングなので、強制・強要されるものではなく、自ら向上心を持って、取り組みたいと思った人だけ、取り組めばいいのである。

  • ブログはトレーニングの一環であって、勉強ではない。
    まあ広い意味ではそれも勉強なのだが、誰かから何かを教わるわけじゃないので、それを勉強というなら勉強とは言えない。
    トレーニング、練習法としてのブログなのである。

  • 勉強はね、答えを誰かに教えてもらうのではなく、実は自分の中にある。
    だから、自分を振り返り、分析し、正しくフィードバックしていく以外に正解はない。

    • そこにたどり着けるまでは勉強、人に教わるということが必要。
      外に求めているうちは外に答えを求めたらいい。
      外に答えはないと分かったら、答えは自分に聞くしかない。

  • この人のツイッター見たいだけのためにツイッターやってみる。

    言っていることはぶっ飛んでいるように聞こえるかもしれないが、最新の科学では真面目に語られているそう。
    いいね

  • 多元宇宙とかマルチバースとか言うから胡散臭くなるだけで、人生って置き換えればいい。
    人の数だけ人生があるように、宇宙も人の数だけはある。
    私の人生とあなたの人生は違うように、あなたの宇宙と私の宇宙はちょっと違う。
    ほとんど同じと思っていたり、1つの宇宙の中に自分と他人がいると思うからややこしくなる。
    1つ例を挙げると、100年前の宇宙と現代の宇宙が違うように、未開の地の人の宇宙とテクノロジーが進化した都市に住む人の宇宙が違う。普遍的な1つの宇宙ではなく、すでに私たちは多元宇宙を知っている。

  • 以前のブログは件名に日付だけ記入していました。
    例えば(8月10日)みたいに。
    でも、これだけ長く書いていると同じ日付のブログが出てくる。
    最近では、西暦表記を足して、(2023年8月10日)と書いている。
    みなさんも長く続くことを想定したら、西暦から記入しましょう。
    https://taki-nature.com/mori/2017-01-29/

  • コントロール出来るところ
    コントロールしなくてはいけないところ
    コントロールしてはいけないところ
    これが分かって、これを意識するだけで、子どもの活動の安全はぐっと高まる。

  • お勧めのアクアシューズはワークマン
    マリンシューズの名称ですね。
    https://workman.jp/shop/g/g2300053815452/

  • 保育者に必要なものの一つにフットワークの軽さがあります。
    とにかく、やる。
    とにかく、やってみる。
    やってみて、やったことを振り返る。
    正しく振り返り、正しくフィードバックすることが出来たらそれが経験となり、積み重なって技術となります。

  • やりたいことは人それぞれ違う。
    使命とも言う。
    やり方もそれぞれ違う。
    個性とも言う。
    やりたいこと、やり方はそれぞれでいい。
    それをチームでやるには、一つの器官として働くか。一つの法則の上に成り立っているか。自分自身の意志であると思いきや、大きな組織、人体、宇宙のような営みの一つとして機能するか。
    人の細胞も、宇宙の惑星もどうやってまとめているのか。
    はたまた最初からそうプログラムされているのか。

  • もはや野外で遊ぶことは専門的な対策なしには危険なほどです。
    保育園ではすでに熱中症警戒アラートが出ている時には屋外には出ないようにしています。
    乳幼児や室内で静かに遊べる子はいいですが、元気で活発な子はどうするのか。
    幼児の発達を熟知し、経験豊富な専門家による指導の下、安全と健康に配慮した活動が望まれます。
    消極的な方策としては、子どもを外に出さないというのも一つですが、私たちは「どうしたら子どもたちに野外で遊ぶ経験を保障してやれるか」という視点で、対策しています。
    もしも困ったら専門家を頼りましょう。
    森のようちえんの滝山ネイチャークラブ

  • 35℃以上の暑さが続き、都市部では危険な災害級の気温だろう。
    外出時には日傘と水分が必携。
    最近は水分がきちんと吸収されていないのではないかと塩分も摂るようにしています。
    みなさんもどうぞご自愛ください。

  • ちょっと波紋を投げかけよう。
    そもそも幼児は、ライフジャケットを着けないと命の危険がある場所で遊ばせてはいけない。
    指導者は計画時点で、場所の選定を誤っている。
    ライフジャケットを着けていれば安心できる環境と体験というのは、一つ間違えれば命の危険にもさらすということだ。
    ライフジャケットは万能ではない。
    指導者は安全な場所を選定するということも技術である。

  • 自然保全だけでは自然を守っていくには不十分です。
    積極的に子どもたちを始めとして、人が自然の中に入っていかないといけません。
    でも、ただ入っただけでは結局荒らしてしまいます。
    子どもたちなら、事故と怪我が絶えません。
    自然とどうかかわっていくかを体験を通し、学び、継承していかないといけません。
    だから私たちは子どもたちを自然の中に連れ出し、体験させ、そこで安全に遊ぶ技術を身につけていくのです。
    その技術を伝えていってはじめて自然が守られていくのではないかと思うのです。
    https://taki-nature.com/mori/disseminate-techniques-for-playing-safely-in-rivers/

  • 失敗体験はする必要がない。
    他人の失敗を聞いて、我が事と捉え、他人の失敗から学ぼうとする意欲があれば、子どもに痛い思いをさせたり、辛い失敗体験はする必要がない。

  • 子どもをコントロールしようとしないこと。
    コントロールするのは自分自身の行動だけ。
    では、子どもに働きかけてはいけないのか。
    そんなことはない。
    放っておいたら事故と怪我の連続だ。
    それを防ぐためには、事前にコントロール出来ない子どもと活動を、観察と対応に充て、観察スキルを高め、適切な働きかけに努めるのだ。
    それには、経験、トライアンドエラーしかない。

  • 安全の質は実は、成功体験だけでは限界があります。
    失敗を積み重ね、失敗体験を振り返り、失敗から学ぶ人はより安全の質を高めることが出来ます。
    失敗はだめじゃない。
    でも、失敗だけだと凹んでしまうから、指導者は成功体験を積ませてやった方がいい。
    でもこれにも条件があって、向上心がある人だけ。
    向上心がない人がいくら成功体験を積み重ねても、継続にはつながるかもしれないが、向上にはつながらない。

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