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滝山ネイチャークラブ代表 が更新を投稿 3年前
自分を縛り付ける自分自身から解放されて、次は時間からも自由になる。
そうするとね、過去にも未来にも行けちゃうの。
「頭おかしくなっちゃった」
と言うなかれ。
時間の概念から解き放たれて自由になった人には分かる。
「えっ、過去とか未来に行けないの?不自由な世界に生きてんだね。」 -
滝山ネイチャークラブ代表 が更新を投稿 3年前
いつも一番大事なことは何だろうと考える。
子どもで会ったり、安全で会ったり、自分自身のやりがいであったり、その時その場面で優先順位は変わるのだけれど、それを間違えないようにしたい。 -
滝山ネイチャークラブ代表 が更新を投稿 3年前
ネガティブ思考、自己肯定感の低さが悪いのではなく、ただそれではうまく取り組めないだろうなというだけ。
ただ、ネガティブであろうが、ポジティブであろうが、相手に対する敬意と尊重、感謝の念でありたい。
そうじゃないと人間関係がなりたたないからである。 -
滝山ネイチャークラブ代表 が更新を投稿 3年前
幸せの追求などと言うと、幸せとは感じるもの、今ある状態、存在そのものが幸せなんだという考えもある。
なるほどと思う。
根源的には幸せなのだと。それを感じられるかどうかという問題。
そうか、幸せを感じていないのではなくて、もっとより良い状態を目指していくという向上心の表れなのだと。
より良い状態、自分への追求
それを幸せの追求という言葉で表現しているだけなのだ。 -
滝山ネイチャークラブ代表 が新しいアクティビティコメントを投稿しました 3年前
子育てや教育に批評家はいらないのよ。
あーだ、こーだ言う前に、まずは子どもを外に連れ出す。
批判したり、言い訳する暇があったら子どもを外に連れ出す。
そのことが未来を創ることにつながっている。
これは間違いない。
その上で安全性や専門性、経験から来る安心感とかはあると思うよ。
でもね、そんなのは後からでも十分備わる。
ちゃんと子どもを外に連れ出す実行力、素直な心、向上心、それがある保育士さんたちは素晴らしいと思うよ。 -
滝山ネイチャークラブ代表 が更新を投稿 3年前
まあとにかく子どもは外に連れ出して、たっぷり遊ばせて、ちゃんと見ていれば、そうそう間違ったことはない。
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滝山ネイチャークラブ代表 が更新を投稿 3年前
なんと人間は怠惰になってしまったのだろう。
自分はどう考えるか、どう思うかすらしようとしないで、人やネット、しまいにはAIなどに聞くなんて。
簡単に情報にアクセスできる時代だからこそ、正解を外に求めないで、自分自身に聞いてみる、考える、という作業をしなかったら生きている意味は何だろうと思う。
どうだ!AI、君にこの文章は書けまい。 -
滝山ネイチャークラブ代表 が更新を投稿 3年, 1か月前
自然の中で(これもまた条件がいくつもあるのだが、綺麗で、なるべくなら過度に手が入っていない、安全な環境)子どもが遊べる環境、つまりは変化と刺激に富んだ、子どもにとって魅力ある環境を選び、なおかつ、対象に応じた安全な環境を選ぶというのはもはや高度な野外教育技術と言っても過言ではない。
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滝山ネイチャークラブ代表 が新しいアクティビティコメントを投稿しました 3年, 1か月前
子どもが遊べる環境というのは自然なら何でもいいという訳ではない。
いくらいい自然で安全であっても、そこで遊べるかというとまた別のファクターを考えなくてはいけない。 -
滝山ネイチャークラブ代表 が更新を投稿 3年, 1か月前
環境と体験はセットで考える。
安全な環境と子どもが遊べる環境を考える。
自然の中で子どもを安全に遊ばせること -
滝山ネイチャークラブ代表 が新しいアクティビティコメントを投稿しました 3年, 1か月前
えっ、見えるよね、見えないの?
だとしたら事故減らないわけだ。
俺はイメージでたくさん事故、怪我経験してるから現実世界では楽しいことだけで十分だよ。 -
滝山ネイチャークラブ代表 が更新を投稿 3年, 1か月前
未来が予測できるというと怪しく聞こえるかもしれないが、保育場面でまるでVRのようにあたかも未来の出来事の映像が見えることがある。
ここでこうやって遊ばせてたら、こうなる、と。
それが人間の持つ想像力の力であり、経験者の持つイメージから事故を回避する力となる。 -
滝山ネイチャークラブ代表 が更新を投稿 3年, 1か月前
1番に環境、次に体験の中身、実は大人の働きかけはその次でもいい。
野外教育の場合、教育環境の重要度がかなり高いということでもある。
環境設定のセオリーを知り、何を体験させなければならないか理解すればかなり質の高い保育が出来る。
そこに経験に基づいた高い保育技術が備われば安全の質は格段に高くなる。 -
滝山ネイチャークラブ代表 が更新を投稿 3年, 1か月前
ダイエットも食事も究極的には個別なのである。
あの人に効果があったダイエット法も私には効かない、ということはよくある。
みんながおいしいというお店も自分がおいしいと感じるとは限らない。
究極的には個別に対応しないといけないのである。
自然体験も幼児教育も厳密には個別なのだが、概ね当てはまるというセオリーが存在するのも事実である。
体を動かすこと、変化と刺激に富んだ自然環境であること、やりたいという気持ちや主体性を尊重された自由な雰囲気が効果的である。
どのぐらい、どのように、といったところを個別に対応していくといい。 -
滝山ネイチャークラブ代表 が新しいアクティビティコメントを投稿しました 3年, 1か月前
物事は多面的で、仕事の意義は社員の立場から見ると、自分から見出すものだ、と言えるけれど、雇用する側から見たら、その仕事の意義を丁寧に伝えるべきだ、とも言える。
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滝山ネイチャークラブ代表 が更新を投稿 3年, 1か月前
働くことの意味、その仕事の意義は、やってみないと分からないのではないか。
意味が分かったらやるなんて思っていたら、一生分からない。
その仕事の意義は、自分自身で見つけるものだ。 -
滝山ネイチャークラブ代表 が更新を投稿 3年, 1か月前
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滝山ネイチャークラブ代表 が更新を投稿 3年, 1か月前
保育は必要な計画と事前に決められないこと、決めてはいけないことがある。
保育者はコントロールしなければならない安全と、コントロールしてはいけない子どもの主体性がある。
子どもはこちらの思い通りにならない。
じゃあこちらの主体性は?
こちらの思い、願い、活動のイメージがなければ保育者なんていなくてもいい。
保育者自身も主体的であっていい、なんて素晴らしい職場なんだ。
従業員が主体的に仕事していいなんて会社、希少なんじゃない?
保育者自身がそれを享受しないで、自分の思った保育が出来ない?
子どもは自由だ。
人は自由だ。
大人も、保育者自身ももっと自由でいい。 -
滝山ネイチャークラブ代表 が更新を投稿 3年, 1か月前
いい保育をしたい、子どもをより良く見ていきたい。
日本全国のすべての先生たちが思っていること。
にも拘わらず、うまく行かない。
言葉を変換していこう。
いい仕事がしたい。仲間とより良く関わっていきたい。
子どもが主体的に遊ぶ
大人も主体的に仕事に取り組む。
自分で考えて、自分で選んで、自分で判断する。
大人も子どもも主体的に生きて行こう。 -
滝山ネイチャークラブ代表 が更新を投稿 3年, 1か月前
子どもを複数で見ていくということの利点は、その子の多面性に気が付くということ、人という存在は実に多面的であるということを共通の認識として共感していけるということである。
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